切なさ
人って、思ってる以上に弱い生き物で、
かなり、面白い。
完璧である前に、そんな自分を認めていれば、話しは早い。
淋しい自分。
わかっているけど、やめれない自分。
怒ってるのに、怒れない自分。
優しくなりたいけど、優しくなれなくて、もどかしい自分。
プライドが高くて、素直になれない自分。
本当に、つくづく面倒だねー
でも、そんな弱さや、脆さが、何とも美しい。
私は、人のそこが、好き。
さしづめ、私は、そういう意味では、人間代表だよ。
瑞龍寺
国宝、瑞龍寺のライトアップの中、春の夜風を感じながら歩いた。
包み込まれるような、優しい空気が、とても心地良くて、
すっかり癒されていた。
私は、幸せだなって、思う。
だって、瑞龍寺の空を見上げると、本当に美しい月が出ていたんだよ。
絵はがきのような、美しい光景の中に、私は立っていたから、
感動ものだ。
途方もなく次から次へと出てくる雑用といい、
これからのことを考えると、想像も付かない不安と、
折れないように、くじけないように、
過ごしている自分は、本当は、とうに、限界が来ている。
でもね。不思議と、魔法のように、私を拾いあげてくれる人がいたり、
私を妹のように、心配してくれる人がいたり、
途方に暮れて見上げると、そばには、私を支えてくれる人がたくさんいる。
感謝でいっぱいだ。
最近の私の顔つきが変わったらしい。
私を環境が変えているのか、私が環境を変えているのか、
よくわからないけれど、
どこかで、スイッチが入ったらしい。
完全戦闘モードの私をふとした瞬間に見かけるらしい。
何人もの近い人達が言うんだから、そうなんだろうって、思う。
私は、ここに来るまでの挫折感は、半端なかった。
なんともならない自分が本当もどかしかった。
まぁ、いつものことなんだけどねぇ。
でも、今回は、犠牲が大きくて、ひとつひとつ、背負ったものも、
なんだか、重くて・・・どんどん、重くなって、そのたびに、
強くなるしかなくて、過ごしてきた時間だ。
私は、恵まれている。
失ったものも大きかったけれど、
私は、ここを超えたらきっと、また、
神様のご褒美が待っていてくれると信じている。
神様からもらったチャンスを、
私は、どこまで挑戦出来るんだろうって、
私は、私を試している。
何にも怖くないんだよね。
正しく、私らしい進み方をしたいだけだ。
とは、言え、
今日のような、美しい中にいた私の顔は、素の状態だったよ。
パパの隣でコーヒーを飲んでいたり、
息子にお弁当を作っている時の、そのまま飾らない私が一番いい。
娘は、そんな私を見て、うちにお母さんが二人いる。
と、言って、私をからかうんだよねぇ(笑)
ジキルとハイド氏のようになったら、どうしようか(笑)
・・・・ね。
これから
桜が咲く頃に、ひとつだけ、願いを叶えたかった。
今年は、桜を間近で見上げることも出来ず、
舞い散る桜の花びらに、はらりと見とれる春だったよ。
春が来れば、変わるって、思ってた。
変わりつつあるこの瞬間、
少し振り返ると、これは、私が望んでいることだろうかと、
疑問になる。
でも、正しい。
心定め。なんて、言葉・・・知らなければよかった。と、ふと、思う。
冷静になんてならないで、人のことなんて考えないで、
自分の思ったとおりに生きれたらいいなって、時々、よぎる。
でも、これが、私なんだよね。
私を大切に思ってくれている人達は、
たぶん、こんな、私を好きでいてくれてるのだから、
私も、こんなに悩んで挫折している私が嫌いじゃない。
一つ、変わったとすれば、
少し、強くなったこと。
強くならざるを得なかったから。
まだ、癒えないままの傷は、
きっと、また、さらに私を成長させてくれてると信じている。
時々、辛いよ。時々、泣いてる。
でも、大丈夫。
私は、恵まれている。
だから、頑張れる。
来年の桜は、にっこり笑って大好きな人達と見上げていたい。
信じている。
いつまでも、辛いことは、ずっと続かないってこと。
私だけでなく、誰もが・・・抜けられるからね。
大丈夫だよ。
見送ること
ここから、見送ることが私の使命です。
本当は、ずっとずっと、このままでいたいけど、
時間が止まればいいと何度も思ったけれど、
出会えて良かったんだよ。
一緒にいれたことに感謝してるよ。
だから、振り返らずに、自分のベストな選択をしてね。
私は、大丈夫だよ。
私は、いつも、いつまでも、ずっと、見守っているよ。
私は、ここで、ずっと、応援してるよ。
大丈夫。安心して、前だけを見て、自分を信じて進んでね。
忘れないで、私は、ずっと、ここにいるよ。
卒業シーズンです。
涙のお別れは、辛いけど、
あなたの心と私の心にちゃーんと、残っています。
私は、見送り専門です。
まだまだ未熟者
ご無沙汰しております。
しばらくの間、私、修行に身を置いておりました。
詳しくは、気かないで下さい(照)
昨日、帰ってきてから、どうやってご飯を作ったのか、
どうやって、眠ったのかも覚えておらず、
子供達のことや、主人の仕事のこととかも、気にしながらも、
不覚にも、8時に眠ってしまいました。
家族の者は、誰一人、私を起こすことなく、目覚めたのは、
朝の8時という、とんでもない、12時間、眠っておりました。
12時間も眠ると、流石に、人間、自分を取り戻すものです。
やって見て下さい。
今まで動いてない筋肉や、
今まで動かしたことのないであろう脳を動かしてきた、この一ヶ月でした。
思い知らされたのは、私は、まだまだ、未熟者なんだと・・・いうことでした。
どのように、受け止めたかというと、
神様からいただいた大切な、メッセージだという気持ちで向き合ってきました。
神様の言葉は、翻訳困難で、体で覚えるしかないんだと、
自分に言い聞かせてきました。
理屈抜きで、言い訳なしで、進んで来ました。
まだまだです。
本当に、まだまだ未熟者で、知らないことや面白いことがいっぱいです。
その反面、怖いし、不安も山積みです。
途方もなく落ち込んで、回復不可能なくらい疲れ果てて、
ショートしてしまったように、眠り続けてしまうそんな日もあるけど、
私は、やっぱり、どこにいても、何をしていても、楽しくいたいです。
それにしても、私は、本当に未熟者です。
ここで、気付いて、良かったぁ。
そんな感覚です。
知らないって、一番、恥ずかしい。
これからです。
花いこいも、これからです。
謙虚に、たくさんのことを学び、たくさんのことを吸収して、
今まで以上に、美しいお花を皆様に提供出来るように努力していきます。
その時が来たら
この瞬時に決断しないと、もう、その時間を取り戻すことが出来ない。
あの時が、そうだったかも。
あの言葉が、流れを変えてしまったのかも。
あの選択が、今の自分を支えているのかも。
って、そんな、節々での自分を振り返ると見えるときがある。
もう、取り戻せないけれど、
あの時の言葉で、今までの信用ががらりと崩れ落ちてしまったり、
逆も然りで、
あの言葉で、あの時のあの行動一つで、
曇っていた空間、くすんでいた意識が一気に払拭されることもある。
その時が来たら、言える。
その時が来たら、出来る。
その時がきたら、勝負出来る。
その時が来たら、決断すればいい。
その時まで、保留でいい。
いいんだよ。その時まで、このままでいいんだよ。
ただし、その時に、自信を持って、
その時を迎えることが出来るなら、
それでいい。
直感で生きているような自分は、
いつも、その時が大切で、その一瞬の集中力だけが頼りだ。
私のような人間は、もろ刃の剣で、用心しないいけないんだよね。
最近、どうも、自分が一番の要注意人物なんだろうなって、認識してきたよ(笑)
反れてしまったけど・・・
その時が来たら、跳べる。
その時が来たら、絶対出来る。
その時が来たら、大丈夫。
その時が来たら、頑張ろう。
じゃ、今はどうよ。
来年こそは、絶対頑張る。
困った時は、きっと、僕がいるよ。って、
明日から、宿題するから。って、
じゃ、今はどうなの。 どうですか。
今をどう思っているの。
困った時にしか、僕がいないんですか。
明日になれば出来るんですか。
来年まで待って、何があるのですか。
何を根拠に、その時までなのか、きちんと、わかってなければ、
その時を見逃してしまうから・・・
今のこの時は、もう、戻らない大切な時間ということが見えてるかな。
って、思うよ。
ちなみに、私は、出来てません。
全然、全くの未熟者です。
・・・・
だから、せめて、言い訳だけはしないように生きているかな。
その時が来たら、一番の自分で進みたい。
その時が来たら、一番の自分が決断したい。
その時の、一番の力で、跳べたらいい。
その時のために、今を大切にしよう。
一番の状態を整えて毎日と向き合っていたら、
一番いいときに、一番いい直感が冴えるから、
だから、その時が来るまで、ベストを尽くそうね。
って、要注意人物の私の手綱をしっかり握りしめる今日この頃だよ。
リストの愛の夢が流れてるよ。
いいねぇ。
後悔
あの頃、ほんの少しの勇気と、素直さがあったら・・・
あの頃、もう少し、強くて、深く考える力があったら・・・
臆病で、自信のない自分と向き合ってたら・・・
今は、違ったかもしれない。
ほんの一瞬だ。
自分のことが一番わからなくて、
その時その時の自分は、至って真面目なんだけど、
いつも、一生懸命なんだけど、
時々、痛む。
後悔なんてしていない。
私は、その時のBestを尽くしてきたし、
たくさんの人達に支えられてきたことに、
何も後悔する必要がない。
たくさんの時間と、たくさんの奇跡に感謝している。
過去も、現在も、そして、これからも。
だけど、今までこんな気持ちなんて味わったことがなくて、
自分のことが見極めれなくて、わからなくて、
情けない。
いったい、今まで、築いてきたことは、何だったのか、わからなくなる。
後悔しない選択をしていきたい。
正しさを追求するよりも、自分に素直でいたい。
その素直って、言葉がまた、
難しくて、混乱の元だったりするんだけどね。
雨
北陸の今の時期に雪じゃなくて、雨が降るのは、珍しい。
今日の雨、なんとなく、私にとって不調の雨で、
しばらく痛んでいなかった右足首が、鈍よりと痛む。
出かけていて、あっ、私の昔の怪我した足は、右足首だったと・・・
思い出す。
普段は、どこが痛かったかも、忘れている。
忘れていることなんて、思い出す必要はない。
忘れなければいられなかったような、
そんな、時間は、もう過去のことだから、
封印してしまえばいい。
自分にも、家族にも、友達にも、他人にも、そう思っていた。
特に、悲しくて誰のせいでもないことは、
もう、忘れて前に進んでほしいと、思っていた。
でも、そうはいかないようだねぇ。
今日の雨のように、私の古傷が痛むように、
体のどこかで覚えていて、忘れたころに、吹き出してくる場合がある。
この間、心理学者の方が言ってた。
忘れていても、生活のどこかに所々で支障が出てくるものです。
って・・・生き地獄のような言葉だよね。
結局、向き合えということなんだろうね。
痛みを痛みとして、きちんと、向き合えということなんだよね。
受け止めたときから、その人にとっての、シフトがあるんだろうなと・・・
思う。
なるべく、ひとつひとつ、逃げないように、
その都度向き合っているつもりだけど、
ま、自分の甘さや、弱さが露呈されていくようで、つらい。
でも、それが、自分だから、
私の右足首の痛みのように、生涯付き合うしかない。
痛みが出てきたときは、その痛みを受け入れて、
生活するしかない。
例えば、
今日は、娘とデートだったから、
高めのヒールを履こうと思っていたけれど、
痛んだ右足を思い出し、労り、
あったかくて、ヒールのないブーツを履くことだったり、
おうちでは、毛糸の厚手の靴下をずるずると履くことだったり。
ほんのちょっとのプラスアルファで、いつも通りに、過ごせる。
先週、お花の先生に、今年の目標は何ですか?
と、問われ、
不意打ちの質問に私は、今年は、自分を大切にすることです。
と、答えていた。
常々、自己犠牲こそが、女の美学のようにおもってきたところがあって、
意識しないと、私は、ついつい、自分を忘れてしまう。
落ち着け。まずは、自分でしょ・・・
で、ないと、大切な人達を、どうやって守れるんだよぉって、
最近・・・ようやく、気づく。
自分のことを大切にするのは、守りたいものがたくさんあるからだ。
自分に厳しく他人に優しくって、あるけど、
自分を大切にして、人も時間も大切にしたい。
自分らしく、いい時間を過ごしていきたいと思う。
目を閉じて
目を閉じて、思う。
静かに、呼吸する。
はたして、私の言いたいことや、表現することができているだろうか。
自分らしく適切な表現ができているだろうか。
私の大切な人達に気持ちや、
私の思いがとどいているだろうか?
本当は、私の心は相手に伝わっているのだろうか?
言葉や、行動、見た目なんて、ほんの一部しか届いてなくて、
実は、もっと、見えなくて、わからないところがたくさんあるんだよね。
そんな、あたり前のことが、最近、わかる。
でも、そんな世界が案外面白いのかも。
だよね。
面白いよね。知らなくて、わからないから、いいのかもねぇ。
私が、愛用していたマスカラが、一番って、思っていたけれど、
この間、なんとなく、買った店長おすすめのマスカラ。
値段も半分だけど、何、この進化は? って、
衝撃的な、つわものだったし・・・あ、余談だねぇ。
私は、もう少し、皆様が知る以上にdarkかも・・・(笑)
目を閉じると、静かな時間が広がって、しばらく、
ずっと、ループしたことをあれこれ考えてるけど、
気が付くと、脳が疲れていて、
そのうち、呼吸に集中していて、空っぽの状態で、
眠っているのか、起きているのかが、わからないところにいる。
ヨガの瞑想の時間は、
私の場合、
必ず、雑念ばかりの、迷走から始まっていることを、
誰も知らないはず・・・(笑)
流れを変える力
時々は、立ち止まることもありだよね。
時々は、沈黙で過ごすこともありだよね。
こんな状況に少し疲れる。
躊躇して、静かに、ここで呼吸をしている。
今は、それでいい。
このままでいい。
でもね。本当は、流れを変える力が欲しい。
流れを変えたときに、耐えれる強さが欲しい。
パワーとか、強さとか、
そんな積極的な言葉に憧れながら、
実は、私は、何一つ、そこに近づいていなくて、
気が付くと、足が竦んでいる。
たぶん、ないんだよなぁ。
たぶん、向いてないんだよなぁ。
たぶん、そういう領域は私らしくないんだよなぁ。
たぶん・・・・全く違う角度からのアプローチがあるような気がする。
私にとっての強さって、どんどん前に進んで、がんがん開拓を進めるような、
そんな強さは、やはり・・・ない。欲しいけど。
私に出来るとしたら、流れが変わったときにいつでも、凛としていることだ。
必ず、変わるであろう流れを積極的に生きることだ。
自分と常に対面しながら、しなやかに流れに添うことだろう。
せめて、大好きな人が傷付いたり、苦しかったり、困った時には、
包み込める強さが欲しい。
そんな時は、凛としていたい。
昨日読んでいた本に、素敵な言葉があった。
思わず、手帳に走り書きしたのだけど、
“大切な人を失った時、確かに喪失感は大きい。
それでも、心に残る思い出があればあるだけ、人生は、豊かになる。”
こんな、歳にもなるとかなりの、喪失感との戦いだよ。
まだ、豊かになれず、淋しい。
豊かになるって、いいことばかりの積み重ねのように思っていたけれど、
そうだよね。
確かに、痛みや、傷や、悲しみごと、全部受け止めれる人は、豊かだよね。
そんなの、全部ひっくるめて、包み込んで豊かになるんだねぇ。
話しが反れてしまったね。
また、明日。
おやすみなさい。