その時が来たら

この瞬時に決断しないと、もう、その時間を取り戻すことが出来ない。

あの時が、そうだったかも。

あの言葉が、流れを変えてしまったのかも。

あの選択が、今の自分を支えているのかも。

って、そんな、節々での自分を振り返ると見えるときがある。

 

もう、取り戻せないけれど、

あの時の言葉で、今までの信用ががらりと崩れ落ちてしまったり、

逆も然りで、

あの言葉で、あの時のあの行動一つで、

曇っていた空間、くすんでいた意識が一気に払拭されることもある。

 

その時が来たら、言える。

その時が来たら、出来る。

その時がきたら、勝負出来る。

その時が来たら、決断すればいい。

その時まで、保留でいい。

 

いいんだよ。その時まで、このままでいいんだよ。

 

ただし、その時に、自信を持って、

その時を迎えることが出来るなら、

それでいい。

 

直感で生きているような自分は、

いつも、その時が大切で、その一瞬の集中力だけが頼りだ。

 

私のような人間は、もろ刃の剣で、用心しないいけないんだよね。

最近、どうも、自分が一番の要注意人物なんだろうなって、認識してきたよ(笑)

 

反れてしまったけど・・・

その時が来たら、跳べる。

その時が来たら、絶対出来る。

その時が来たら、大丈夫。

その時が来たら、頑張ろう。

 

じゃ、今はどうよ。

 

来年こそは、絶対頑張る。

困った時は、きっと、僕がいるよ。って、

明日から、宿題するから。って、

 

じゃ、今はどうなの。   どうですか。

今をどう思っているの。

困った時にしか、僕がいないんですか。

明日になれば出来るんですか。

来年まで待って、何があるのですか。

 

何を根拠に、その時までなのか、きちんと、わかってなければ、

その時を見逃してしまうから・・・

 

今のこの時は、もう、戻らない大切な時間ということが見えてるかな。

って、思うよ。

 

ちなみに、私は、出来てません。

全然、全くの未熟者です。

 

・・・・

 

だから、せめて、言い訳だけはしないように生きているかな。

 

その時が来たら、一番の自分で進みたい。

その時が来たら、一番の自分が決断したい。

その時の、一番の力で、跳べたらいい。

その時のために、今を大切にしよう。

一番の状態を整えて毎日と向き合っていたら、

一番いいときに、一番いい直感が冴えるから、

だから、その時が来るまで、ベストを尽くそうね。

 

って、要注意人物の私の手綱をしっかり握りしめる今日この頃だよ。

 

リストの愛の夢が流れてるよ。

いいねぇ。

 

後悔

あの頃、ほんの少しの勇気と、素直さがあったら・・・

あの頃、もう少し、強くて、深く考える力があったら・・・

臆病で、自信のない自分と向き合ってたら・・・

 

今は、違ったかもしれない。

 

ほんの一瞬だ。

 

自分のことが一番わからなくて、

その時その時の自分は、至って真面目なんだけど、

いつも、一生懸命なんだけど、

時々、痛む。

 

後悔なんてしていない。

 

私は、その時のBestを尽くしてきたし、

たくさんの人達に支えられてきたことに、

何も後悔する必要がない。

 

たくさんの時間と、たくさんの奇跡に感謝している。

過去も、現在も、そして、これからも。

 

だけど、今までこんな気持ちなんて味わったことがなくて、

自分のことが見極めれなくて、わからなくて、

情けない。

 

いったい、今まで、築いてきたことは、何だったのか、わからなくなる。

 

後悔しない選択をしていきたい。

正しさを追求するよりも、自分に素直でいたい。

 

その素直って、言葉がまた、

難しくて、混乱の元だったりするんだけどね。

 

北陸の今の時期に雪じゃなくて、雨が降るのは、珍しい。

 

今日の雨、なんとなく、私にとって不調の雨で、

しばらく痛んでいなかった右足首が、鈍よりと痛む。

出かけていて、あっ、私の昔の怪我した足は、右足首だったと・・・

思い出す。

 

普段は、どこが痛かったかも、忘れている。

 

忘れていることなんて、思い出す必要はない。

忘れなければいられなかったような、

そんな、時間は、もう過去のことだから、

封印してしまえばいい。

 

自分にも、家族にも、友達にも、他人にも、そう思っていた。

特に、悲しくて誰のせいでもないことは、

もう、忘れて前に進んでほしいと、思っていた。

 

でも、そうはいかないようだねぇ。

 

今日の雨のように、私の古傷が痛むように、

体のどこかで覚えていて、忘れたころに、吹き出してくる場合がある。

 

この間、心理学者の方が言ってた。

忘れていても、生活のどこかに所々で支障が出てくるものです。

って・・・生き地獄のような言葉だよね。

 

結局、向き合えということなんだろうね。

 

痛みを痛みとして、きちんと、向き合えということなんだよね。

 

受け止めたときから、その人にとっての、シフトがあるんだろうなと・・・

思う。

 

なるべく、ひとつひとつ、逃げないように、

その都度向き合っているつもりだけど、

ま、自分の甘さや、弱さが露呈されていくようで、つらい。

 

でも、それが、自分だから、

私の右足首の痛みのように、生涯付き合うしかない。

 

痛みが出てきたときは、その痛みを受け入れて、

生活するしかない。

 

例えば、

今日は、娘とデートだったから、

高めのヒールを履こうと思っていたけれど、

痛んだ右足を思い出し、労り、

あったかくて、ヒールのないブーツを履くことだったり、

おうちでは、毛糸の厚手の靴下をずるずると履くことだったり。

ほんのちょっとのプラスアルファで、いつも通りに、過ごせる。

 

先週、お花の先生に、今年の目標は何ですか?

と、問われ、

不意打ちの質問に私は、今年は、自分を大切にすることです。

と、答えていた。

常々、自己犠牲こそが、女の美学のようにおもってきたところがあって、

意識しないと、私は、ついつい、自分を忘れてしまう。

落ち着け。まずは、自分でしょ・・・

で、ないと、大切な人達を、どうやって守れるんだよぉって、

最近・・・ようやく、気づく。

 

自分のことを大切にするのは、守りたいものがたくさんあるからだ。

 

自分に厳しく他人に優しくって、あるけど、

自分を大切にして、人も時間も大切にしたい。

 

自分らしく、いい時間を過ごしていきたいと思う。

 

目を閉じて

目を閉じて、思う。

静かに、呼吸する。

 

はたして、私の言いたいことや、表現することができているだろうか。

 

自分らしく適切な表現ができているだろうか。

私の大切な人達に気持ちや、

私の思いがとどいているだろうか?

 

本当は、私の心は相手に伝わっているのだろうか?

 

言葉や、行動、見た目なんて、ほんの一部しか届いてなくて、

実は、もっと、見えなくて、わからないところがたくさんあるんだよね。

 

そんな、あたり前のことが、最近、わかる。

 

でも、そんな世界が案外面白いのかも。

 

だよね。

 

面白いよね。知らなくて、わからないから、いいのかもねぇ。

 

私が、愛用していたマスカラが、一番って、思っていたけれど、

この間、なんとなく、買った店長おすすめのマスカラ。

値段も半分だけど、何、この進化は? って、

衝撃的な、つわものだったし・・・あ、余談だねぇ。

 

私は、もう少し、皆様が知る以上にdarkかも・・・(笑)

 

目を閉じると、静かな時間が広がって、しばらく、

ずっと、ループしたことをあれこれ考えてるけど、

気が付くと、脳が疲れていて、

そのうち、呼吸に集中していて、空っぽの状態で、

眠っているのか、起きているのかが、わからないところにいる。

ヨガの瞑想の時間は、

私の場合、

必ず、雑念ばかりの、迷走から始まっていることを、

誰も知らないはず・・・(笑)

 

 

流れを変える力

時々は、立ち止まることもありだよね。

時々は、沈黙で過ごすこともありだよね。

 

こんな状況に少し疲れる。

 

躊躇して、静かに、ここで呼吸をしている。

 

今は、それでいい。

このままでいい。

 

でもね。本当は、流れを変える力が欲しい。

流れを変えたときに、耐えれる強さが欲しい。

 

パワーとか、強さとか、

そんな積極的な言葉に憧れながら、

実は、私は、何一つ、そこに近づいていなくて、

気が付くと、足が竦んでいる。

 

たぶん、ないんだよなぁ。

たぶん、向いてないんだよなぁ。

たぶん、そういう領域は私らしくないんだよなぁ。

たぶん・・・・全く違う角度からのアプローチがあるような気がする。

 

私にとっての強さって、どんどん前に進んで、がんがん開拓を進めるような、

そんな強さは、やはり・・・ない。欲しいけど。

 

私に出来るとしたら、流れが変わったときにいつでも、凛としていることだ。

必ず、変わるであろう流れを積極的に生きることだ。

自分と常に対面しながら、しなやかに流れに添うことだろう。

 

せめて、大好きな人が傷付いたり、苦しかったり、困った時には、

包み込める強さが欲しい。

そんな時は、凛としていたい。

 

昨日読んでいた本に、素敵な言葉があった。

思わず、手帳に走り書きしたのだけど、

“大切な人を失った時、確かに喪失感は大きい。

それでも、心に残る思い出があればあるだけ、人生は、豊かになる。”

 

こんな、歳にもなるとかなりの、喪失感との戦いだよ。

まだ、豊かになれず、淋しい。

 

豊かになるって、いいことばかりの積み重ねのように思っていたけれど、

そうだよね。

確かに、痛みや、傷や、悲しみごと、全部受け止めれる人は、豊かだよね。

そんなの、全部ひっくるめて、包み込んで豊かになるんだねぇ。

 

話しが反れてしまったね。

また、明日。

おやすみなさい。

 

こんなことで泣くの?

どんよりとした、天気の中、

寒いねって言いながら、娘と息子と一緒に帰宅した。

 

私が、玄関先で、ブーツを脱いでると、

娘が、私、昨日我慢してたピザを温めて食べるんだ。と、

言う声に、

息子も、私も、ぎょっとした。

 

だって、朝一で息子が冷蔵庫から取り出して、食べてしまったからねぇ。

 

わっ、ごめん、朝、コーが食べたよ。

 

と、言ったとたんに、高校三年の彼女はピアノの片隅にいき、

カーテンに隠れて大泣きしていた。

 

えーーっ、泣くの?

本当に悲しかったのか、大粒の涙を流している。

 

そのうち、私の人生は、いつも、こんなに悲しいんだって・・・

 

えーっ、この人は・・・

 

たぶん、今後10年は、残しておいたピザを食べたことで、

恨み続けるのではないかと、恐れ、

私は、片方脱いだブーツをもう一度履いて、

5歳児に語りかけるように、丁寧に話しかけた。

 

お母さんと一緒にもう一回り大きいピザを今、買いに行こうね。

 

って・・・

 

そしたら、どうよ。

カーテンの影から、飛び出してきて、

娘のご満悦の顔。・・・私の育て方に疑問を持つよ。

とほほだよ。

 

息子は、ただ、ひたすら、そんな姉を見て、女は怖いと言う。

 

毎日が、こんな感じ。

ま、これでまた、我が家は、しばらく笑っているからいいけど。

 

 

舞う雪

花びらが舞うように落ちる雪が降っていて、

こんな雪ならずっと、降っていてもいいなぁって、

そう思う。

雪の舞う様子だけが、時間を示し、

後は、取り残されているうな錯覚の中、少し、ものを考える。

 

 

 

 

 

 

これから

あけまして おめでとうございます。

今年も、花いこいらしい、花いこいならではの

素敵なお花をお届け出来ますように頑張ります。

どうぞ、本年も、よろしくお願いいたします。

 

 

年末から、会いたい人達に会い、話したいことを話す時間がとれて、

とんでもなく、密度の濃い時間が、駆け抜けていった。

私の脳の中では、ずいぶん、混乱していることだろう。

 

大好きな人達は、いつも、遠い所にいて、

リアルタイムには会えないんだけど、

会えたときは、思いっきりの愛で私を包み込んでくれて、

大丈夫、ずっと、友達だよ。って、伝えてくれて、

私の心は、本当に癒されていって、

また、迷わずに自分を信じて、進める気がする。

 

駅では、また、お別れするのが辛くて、

うるうるして電車に乗る。

しばらくは、淋しくて顔を上げれないけど、

そのうち、思うんだ。

私達は、お互いに離れている、この距離が

必要なんじゃないかなって、

思う。

また、挫折を感じようが、また、大泣きしようが、

調子に乗っていようが、不幸でも、幸せでも、

どんな、私でも、彼女達でも、

会えるとしたら、私らしく生きてないと、会えないだろう。

彼女達も然り。

と、思う。あきらめない人生を私らしく、右往左往している様を、

また、会うときには、お互いに披露しなければなるまい(笑)

 

ごまかしが、一切通用しない、彼らのような彼女達だから。

離れている間に、

また、少しでも自分を見つめて、磨かれてなければならない。

だから、離れているんだよね。

私に、成長しろって、言ってるんだよねぇ、きっと。

 

そんなことを思っている中、さっき撮った写メを送ってきてくれて、

ようやく、ひいた涙が・・・

また、泣くんだよね。

 

特別なことは、出来ない。

小さいけれど、行動は確実に出来るし、自分を裏切ることはない。

思うことは、形にする。

悩むことも、保留にしない。

自分を見つめ、自分の心を知り、自分と向き合いながら、

進むしかない。

 

私は、幸せだよ。ほーんとに、幸せだと思う。

 

大切に思ってくれている人達と繋がっていて、

こんなに、暖かく包んでくれて、寄り添ってくれている人達に、

囲まれていることを忘れてはいけないよね。

人が私のことを大切に思ってくれているのに、

私が、自分の時間を大切にしないのは、

絶対のルール違反だよね。

そう思えるようになったんだよね。

・・・エゴの自分は、悲しいくらい、気まぐれで、

いつも、ドライなところがあったから。

反省しないとねぇ。

 

メールにね。

私達がいるから、安心して、進みな。って、

・・・大丈夫。それこそ、安心して。

もうすぐ、整うよ。

そんな気がする。

 

思いっきりの、心配をかける

私達って・・・

友達に何年も会えなくて、それでも、いつも、いつでも、

私の心のどこかに住み着いていて、

会えない寂しさを味わうことがあまりなくて、

お互いに元気で生きていることに、深く感謝して、

彼女達の活躍を感じて、私も元気をもらっている。

 

ピンチ。

 

それを感じ取ったときは、たぶん、世界のどこにいても、

私達は、集まるのかもしれない。

 

私は、どうしようもない焦燥感をなぜかぬぐいきれなかった。

いつものことだし、毎度のことだから、

ちょっとくらいの沈むことなんて、何とでもなるのだけど、

なぜか、今年は、ずっと、引きづりながら、今日まで来たよって、感じ。

 

今回は、完全に私のわがままだ。

 

思いっきり、彼女達に、ピンチのメールを出したら、

この忙しい時期に、暮れの大切な時に、

時間を作ってくれて、急きょ会えることになった。

 

すごい、パワーだよ。

 

とても、申し訳ないけれど、

でも、時には、これもありだ(笑)

思いっきりの心配でもかけないと、集まるなんて出来ないんだもの。

ごめんねぇ。私、本当に衝動的な人間だから・・・

という言葉に、彼女達の返答は、

何を今更、今に始まったことでなく、24年前からとっくにあきらめている。

とのことでした。

 

だよね。ほんと、私は、あの頃から、進化してないよなぁ。

 

彼女達の、もう、まったく、恭子は・・・の声が聞きたくて、

明日、会える。

 

もう一度、リセット出来るような気がする。

 

 

 

 

 

ケンタッキーの日

そうそう、今日は、毎年恒例のケンタッキーの日だ。

 

子供達は、今年は、上手く逃げたけど・・・

 

我が家は、ちょっと、早めの大掃除の日である。

なぜか、毎年、

この日は、ケンタッキーを一ヶ月前から予約してある。

 

私は、夕飯の心配をせずに、

ひたすら、掃除に専念できるのが嬉しい。

 

ある年から、主人があたふたしている妻を思い(笑)

せめてともと、大掃除の日に

ケンタッキーを予約してくれたことから始まったのだと思う。

 

子供達も、後から、手伝ってくれて、

我が家の大掃除は、完了。

お疲れ様。

 

ケンタッキーを食べながら、息子がぼそり言う、

ねえ、明日は?  母さんのケーキあるの?

って、言っていた。

そうだね。

私のケーキも毎年の恒例だもんね。

もちろんだよ。

ケーキにサンタさんもいるよ(笑)

 

いいね。

 

子供達、覚えてくれてるんだねぇ。

毎年、こんな時期は忙しかったけど、

ケーキ作り続けてきて良かった。

そう思う。

 

本当に、師走とは、上手く言ったものだよね。

何の実感もないままに、ものすごく、早い流れだね。

明日も、ちょっと、忙しい。

 

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